朝の日課で犬の散歩をしていた時の事。
ある程度歩いて、さて帰ろうかと家に向かっているとふと道端に目がいった。
そこにはたくさんのビールの空き缶が捨てられていた。
ビールの銘柄はよく分からないが、よっぽど のど越しを良くしたかった人なのかと思う。
それにしても気持ちの良いものではないものだと感じた。一緒にいた犬は気にしてはいない様子で別のところのにおいを嗅いでいたけど。
ゴミだらけの場所を見て感じるものがあるかないかが、人と動物との違いなんだと改めて感じた。
それにしてもゴミを平気で捨ててしまう人はどこにでもいると思うが、どうして捨ててしまうのか少し考えてみた。
…。
すべてにおいて余裕が無いのかな。
缶の日にゴミ捨て場に持っていけば良いだけだが、その日にその場所に行く余裕が無い。
職場でノルマがきつくてプレッシャーがきつい。自分の思いの発言がしずらく会社に自分の居場所なくて心に余裕がない。
コロナの影響で給料をたくさんもらえず経済的に余裕がない。
自分の家でも、余裕がないから家族と仲良くしようと努力もできずに余計に自分の居場所がなくなっていく。
自分の居場所がなくなっていくからさらに心の余裕が無くなっていく。
悪循環…。
とまぁこんなところだろうか。考えればまだまだ出てきそうだが、悲しくなるのでこのくらいにしておこう。
私も小さな会社を経営しているが、スタッフの職場関係だけでもこうならないように改めて気をつけようと思う。
せめて働く場所くらい心を削らないで楽しんで仕事ができるよう。世界の職場でもそういう考えの経営者が増えてほしいと願う。
楽しむと言っても遊ぶとかではなく、もちろん会社のためのやるべきことは確実にやる。言いたいことは言える。成長ができる。スタッフ同士フォローしあえる。アイディアが出てくる。などなど
日本の国民の3大義務のうちの一つ、『勤労の義務』が良きものになれば生活の余裕は出てくるのではないか。
余裕が出てくれば、ゴミを道端に捨てる人はいなくなるだろう。
きれいにしたいと思う人になれる。
やさしくなれて争いもなくなるだろう。
犯罪も減るかもしれない。
アイディアもわんさか出てきて人類の発展につながるだろう。
と良いことばかり起きるのではないかと勝手に考えている。
話は戻るが、ただこの方から見る外の景色はあまり良い色ではなさそうである。
いつか自分の行いに気づきゴミを道端に捨てないようになってほしいものである。
そんな私も余裕がある方ではないが、今度この空き缶を拾いに行くことにしよう。
自分から見る外の景色の色は、自分自身の思いや行動で良くも悪くも変えられるものである。
たぶん。。。